クルマやスマートフォンに搭載されるナビゲーションシステム。その語源となる“ナビゲート=navigate”という単語を、日本語に直訳すると、「航行する、操縦する、かじ取りをする、誘導する」といった意味になります。クルマやヒトをナビゲート=誘導するためには、なによりもまず、自分の現在地と、目指す目的地の位置を定義する必要があります。
前回に紹介した1987年発売のトヨタ・クラウン(通算8代目)のエレクトロマルチビジョンは、電子マップを世界で初めて車載したという意味で、現在につながるカーナビの原型……というべき存在でした。電子マップに現在地をインプットすると、地磁気センサーや走行距離などの情報から、クルマの走行に合わせて現在地を表示し続けてくれました。
さらに1990年3月には、現在地を人工衛星によるGPS(グローバルポジショニングシステム)で測位するシステムが、マツダのユーノス・コスモに初搭載されました。さらに同年6月には、同様のシステムをアフター商品としたパイオニアの「カロッツェリアAVIC-1」が発売されます。
こうしてカーナビは進化を続けましたが、あえて意地悪くいえば、ここまでは紙を電子データに置き換えただけの“ただの地図”にすぎないのも事実でした。現在地は分かっても、そこから向かいたい目的地は、あくまで地図上から自分で探す必要がありました。
そんななか、ナビゲーションシステムのキモといえる施設検索機能を初めて実用化したのが、日本のホンダです。1990年10月に発売された同社の最高級セダン(2ドアのクーペも3ヵ月後に追加)のホンダ・レジェンドにオプション設定された「ホンダナビゲーションシステム」がそれです。当時すでに“ナビゲーション”や“ナビ”という言葉も一般化しつつありましたが、メーカーみずから、ナビゲーションシステムを堂々と名乗ったのも、たしかこれが初めてでした。
このホンダナビゲーションシステムには、レジャー、観光名所、交通施設、文化施設、ホテル、ホンダクリオ店(=当時のレジェンドの正規販売店)という6分野に分類された約1万1300件の施設が登録されていました。ひとつの分野を選ぶと、その下にはさらに細分化されたジャンルがあり、最終的に1件ごとのデータインフォメーションを呼び出すことができました。各データインフォメーション画面には、施設の名称、所在地、ワンポイント解説または特徴、電話番号がおさめられており、対象付近の地図を表示して目的地としてセットすることができました。
ところで、ナビゲーションシステム上での現在地は、GPSによって測位するのが今の常識です。前記のように、ホンダナビゲーションシステムが初登場した1990年当時も、GPSの実用化はすでにはじまっていましたが、ホンダはこの時点でも、完全自立で検出できる独自のガスレートセンサー技術による慣性航法方式を採用していました。
GPSはもともと軍事目的でアメリカが開発しました。6つの軌道上に配置された計24個の衛星から届く電波の時間差から、現在地を計算します。実際の測位には理想は4つ以上、最低でも3つの衛星からの電波が必要ですが、1990年当時は稼働衛星も理論上必要な24個に達しておらず、時間帯によっては測位ができないこともありました。正直なところ、当時のGPSはまだ不完全で、ホンダがGPSを使わない理由もそこでした。
ちなみに、ホンダが採用したガスレートセンサーとは、真空に保たれた円筒ケース内部に、進行方向に向けたヘリウムガスを噴射、移動体(=クルマ)が方向を変えたときに、慣性によるガスの流れの変化度合いを検知することで、方角を導き出します。ガスレートセンサーもいわゆる“ジャイロ”=ジャイロスコープの一種ですが、一般的な振動式ジャイロと比較すると、圧倒的に高精度ですが高価でもありました。それもあって航空機などでしか用いられていなかったガスレートセンサーですが、その精度の高さに目をつけたホンダは、前回紹介した1981年のホンダエレクトロジャイロケータのときから、ずっと研究開発を続けていたのでした。そして、ホンダはそんなガスレートセンサーによる走行軌跡データに、電子マップ上の道路データを常時(約500m走行ごと)照合するマップマッチングによって、正確な位置を割り出していました。
こうして、施設検索機能を追加したことで現在のカーナビの姿にグッと近づいた感があるホンダナビゲーションシステムでしたが、今のGPSと比較すれば精度も低く、目的地もあくまで方角と直線距離が分かるだけ。収録されている地図データはもっとも詳細なものでも2.5万分の1と今の感覚ではかなり粗く、その詳細マップも首都圏と近畿圏、そして政令指定都市にかぎられていました。
正直なところ、この当時のナビは日本全国どこでも便利に使えるものでもなく、しかも、そのオプション価格は単体で55万円(消費税別)。それは2024年現在の感覚でいうと70〜100万円ほどの感覚で、絶対的に高額なだけでなく、機能を考えるとコスパも高いとはいえませんでした。実際、レジェンドでの装着率もかなり低かったといわれます。
しかし、このホンダナビゲーションシステム発売から1年後の1991年10月には、トヨタがルート案内機能を実用化して、マップデータの記憶媒体もCDからDVD、HDD、フラッシュメモリー……と、大容量化と高速化が急速に進んでいくのです。
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■著者プロフィール
佐野弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。現在はWEB、一般誌、自動車専門誌を問わずに多くのメディアに寄稿する。新型車速報誌の「開発ストーリー」を手がけることも多く、国内外の自動車エンジニアや商品企画担当者、メーカー役員へのインタビュー経験も豊富。2024-2025日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員